大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(ツ)54号 判決 1977年11月24日

上告人

ブラスビア・三和通商株式会社

右代表者

菊谷太郎

外三名

右四名訴訟代理人

石塚久

被上告人

平塚ハル

主文

本件上告をいずれも棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

事実《省略》

理由

上告代理人の上告理由第一点、一、二について<省略>

同上告理由第一点三、第二点四について

登記義務者の権利に関する登記済証が滅失したため、いわゆる保証書を添付して所有権に関する登記申請がなされた場合において、登記官から登記申請があつた旨の通知を受けた登記義務者が所定の回答書をもつて右通知にかかる登記申請に間違いがないことを登記官に申出たときは(不動産登記法四四条ノ二)、右申出は登記義務者が登記原因たる法律行為に基づく義務履行の一環をなす登記手続に協力することにほかならないから、たとえ登記原因たる法律行為又は登記申請行為が無権代理人によつてなされた場合であっても、特段の事情がない限り、登記義務者はこれによつて右無権代理人がなした行為を追認したものと認めるのが相当である。したがつて、原審が、被上告人が登記官に対して登記申請に間違いがない旨の回答書を発した事実をもつて無権代理人又はその相手方に対する追認の意思表示となしえないとして、右に述べたような方法による追認の意思表示を認めないかのように判断したことは、無権代理行為の追認に関する法律の解釈上問題がないわけではない。しかし、無権代理行為の追認があつたといえるためには、その意思表示が明示的であると黙示的であるとは問わないが、本人が具体的に無権代理行為の存在を認識し、かつ、実際に右行為の効果を自己に帰属させることを容認する意思が認められなければならないところ、原審が確定したところによれば、被上告人は小学校四年までの教育しか受けないこともあつて登記官からの通知の意味を理解できず、かつ、長男である富男が無断で本件土地を担保のために譲渡したことを知らずに富男に指示されるまま登記申請に間違いがない旨記載された回答書に署名押印したにすぎないというものであつて、右認定は原判決が挙示する証拠関係に照らして是認しえないことではないから、結局、本件では無権代理行為の追認があつたとは認めるに足りない前記特段の事情があつたものということができ、したがつて、前述した法律解釈上の問題は判決の結論には影響がないと解するのが相当である。

ところで、上告人らは、この点に関して、被上告人が登記申請に間違いがない旨の回答書を発したことは、登記原因たる法律行為についての全部又は一部の履行に当るから、法定追認に関する民法一二五条を適用して無権代理行為を追認したものとみなすべきであると主張する。その趣旨とするところは、被上告人が無権代理行為について客観的にみて全部又は一部の履行に当る行為をなし、しかも右行為に際してとくに異議を留めなかつた以上、具体的に無権代理行為の存在を知つていたかどうか、又、追認の意思が実際にあつたかどうかを問うまでもなく、追認があつたものとみなすべきであるというにあると解される。しかし、法定追認を定めた民法一二五条が取り消しうべき行為を対象としたものであつて無権代理行為を対象としたものでないことは文理上明らかであるばかりでなく、取り消しうべき行為については、その効力の不確定状態をできるだけすみやかに収束させるために、行為者本人又はその法定代理人が法律の定める一定の行為をした場合には右行為者本人らが具本的に取消原因の存在を知つていたかどうか、又、追認の意思が実際にあつたかどうかを問うことなく、追認があつたものとみなして取消権の喪失を広く認めることは、十分に合理性を有するのである。これに対し、無権代理行為は、もともと本人とは関係のない行為であつて本人に対しては何らの法律効果も生じないものであり、この点で、取り消しうべき行為が不確定ながらも本人に対して法律効果を生じているのとはその性質を異にするから、無権代理行為の追認を認めるためには、その要件として、本人が具体的に無権代理行為の存在を知り、かつ、その効果を自己に帰属させる意思を実際に有していることが必要であるというべきであつて、このような要件を具備しない場合にまで客観的にみて全部又は一部の履行に当る行為がなされたというだけの理由から追認があつたものとみなすのは妥当を欠くといわなければならない。したがつて、無権代理行為については法定追認を定めた民法一二五条は適用がないと解すべきであつて、これと見解を異にする所論は採用できない。<以下省略>

(吉岡進 前田亦夫 太田豊)

上告理由書<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例